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2009/11/03 23:42
今年一番の冷え込み。
今日は、母の念願だったご本山の落慶法要の日でした。
朝3時に起きて、4時に家を出て母を迎えに行きました。
結局、私の睡眠時間は2時間足らず…
一日一日、目に見えて体力が落ちている母。
服を着替えさせるのも、一苦労でした。
特に、足の衰えが激しく、車椅子の乗り降りも一苦労です。
そんな母のために、主治医の先生や看護師長さんまで揃って、様子を見に来て下さり、見送ってくださいました。
時間通りにタクシーに乗って横浜駅まで。
そこから、横浜地区の檀家さんでチャーターしたバスに乗せて、千葉県茂原市にあるご本山まで行くことが出来ました。
ケアマネージャーをしている方がいらして、優しく母の面倒も見てくださいました。
冷え込んだ朝は、お天気も素晴らしく、雲一つない青空が広がっていました。
“東京湾アクアライン”を渡る時には、三浦半島の向こうに雪を頂いた富士山が美しく望めました。
波頭の立つ東京湾を眺め、三浦・房総の両半島の山々を望みながら、バスは2時間ほどで茂原に到着しました。
母も、久々に眺める外の風景を嬉しそうに眺めていました。
改築されたご本山の、木の香も心地良い新しいご本堂。
真っ青に晴れ上がった空の下、輝いているようです。
多くの檀家さんたちが、堂外のテントでお参りされる中、母と私は本堂内に席を用意して頂き、感動のお参りが叶いました。
けれども、母の頑張りもここまでで…
お参りが終わった後、急に緊張が解けたためか、呼吸苦を訴え始めました。
大勢のお参りだったので、救護班も待機していました。
母は、救護所で酸素投与の応急処置を受けて、休ませて頂くことになりました。
途中、病院から持参した痛み止めの座薬を使ったりもしましたが、なかなか容態は落ち着きません。
結局、伯父伯母たちと会えたことは会えたのですが、皆で揃って記念撮影は夢に終わりました。
帰路は、大勢の方が乗ったバスで帰ることは、ご迷惑になると判断しました。
横浜からのバスで帰ることを断念して、民間の救急搬送車を頼むことにしました。
母が、救護所で救急搬送車が到着するまで休ませて頂いている最中、ご本山のご貫主さまが母のところにいらしてくださいました。
瞬間、母の顔がキラキラと輝きました。
ご貫主さまは、母の手を取り、体中に数珠を掛け、
「百合子さん、良くここまで来たね!
あなたの強い信仰心があなたをここまで連れて来て下さったんだね!
これで、もう思い残すことは、何もないね。
心穏やかに、お父さん、お母さん、お兄さんたちの待つところに、胸を張って行くことが出来るね。
みんな“百合子、よく頑張った”と迎えてくれるよ!
本山の執事を務めたこともあった、あなたのお父さんに、古い本堂はこんな風に新しい本堂に改築されたと伝えてね!
わたしが、一生懸命頑張っていると、先に逝った向こうにいる人たちに伝えてね!」
と、引導を渡す言葉を掛けて下さいました。
それに対して、母も涙ながらに合掌して、
「本当に、これで思い残すことはございません。
お言葉、きっと伝えます。」
と、しっかりとした口調で答えていました。
私も、娘も思わず涙してしまいましたが…
母とご貫主さまの遣り取りを聞いて、周囲の方々も涙を浮かべていらっしゃいました。
救急搬送車での車内、最悪、病院にたどり着く前に母がこと切れてしまうのではないかと、終始母に言葉を掛けながら、呼吸を確かめて過ごしました。
3時間足らずの時間でしたが、とてつもなく長い時間に感じられました。
でも…
お陰さまで、夜7時過ぎ病院に着くことが出来ました。
顔なじみの看護師さんに一通りの処置をして頂いて、1時間ほどして、母も漸く落ち着きを取り戻すことが出来ました。
私と娘にとっては、不安と緊張の連続で、心が休まる時間もない一日でした。
けれども、母は、
「今日は、本当に最高の日だったわ。
素晴らしい景色を眺めて、
お参りに行けて、
ご貫主さまにお言葉を掛けて頂けて…
本当に良かった本当に嬉しかった。」
と、繰り返し言っていました。
きっと、これで良かったのですね。
完璧な形ではなかったけれど、母の目標は、お陰さまで何とか達成することが出来ました。
今夜は、家に帰れないかもしれないと思いましたが、看護師さんたちは、
「遠出したから、多少体のリズムが乱れているけれど、大丈夫ですよ!
ご家族の方々もお疲れでしょうから、お帰りになってかまいませんよ!」
と言ってくださいました。
私も娘も、心身ともに疲れ切っていたので、その言葉に甘えて、10時過ぎに家に帰りました。
母も、私も娘も、本当に命がけの一日でした。
それでも、母の目標を叶えてあげることが出来たので、きっと良い親孝行になったことでしょう。
読んで頂き有り難うございます!
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