26回目の12月7日

今日12月7日は、平成5年に39歳で亡くなった主人の26回目の祥月命日。
今年は27回忌を迎えます。
あの日のことが、つい昨日のことのように思い出されることもあれば、
あれから、もう随分長い時間が経ってしまったような気もします。
実際に26年というのは、もう長い長い時間になりますね。


今日は未明に初雪が観測されたり、あいにくの冷たい雨が降ったり止んだりの一日になりましたが、
26年前のその日の朝は、スコーンと晴れ上がった雲一つない青空が広がっていました。
そして、その年一番の寒い朝でした。
病院の窓から眺めた銀杏並木が鮮やかな黄金色に染まって青空に映えていた風景は、
今でもはっきりと瞼に浮かびます。
お天気の記憶というのは、いつまで経っても忘れられないものです。


主人が最期の時を過ごした病院の側には、その後なるべく近づかないようにしていましたが、
最近では、ゆうくんのお迎え帰りのバスが、病院の脇を通るので、自然と目に入るようになりました。
古くて陰気な感じだったその建物は、去年辺りから改装が進み、今では明るい近代的な雰囲気の病院になりました。
主人のいた病棟はすっかりなくなり、当時の名残すらありません。
これも時の流れなのでしょう。
イチョウ並木も、台風の後すっかり葉を落としてしまい、今年はもう眺めることは出来ません。

ここ数日、そんなことを思い出しながら過ごしていたら、
先日、北鎌倉に紅葉を眺めに行った折に、「明月院」の参道で、思いがけず美しい黄金色に色づいた「イチョウ」に出逢うことが出来ました。

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これは、きっと、
「今年は、イチョウが綺麗に色づいたところを眺められなかったなぁ…」
と思っていた私への、主人からのサプライズプレゼントだったのでしょう。
「イチョウ」の向こうの青空の中に、主人の笑顔が見えるような気がして、私も思わずニッコリとしてしまいました。


主人が亡くなった時、
「パパは仏さまの国に単身赴任に行ったんだから、
パパがお留守の間、ママと私で仲良く待っていようね!」
と言ってくれた娘は、今はゆうくんのママになって日々多忙な時間を過ごしていますが、
当時はまだ小学生でした。

亡き主人の名前から「優」の一文字をもらったゆうくんは、
すくすくと成長して、ヤンチャではあるけれど、
名前の通り、私にとって優しくて明るい希望をもたらしてくれる存在になりました。


これまでの26年間。
主人はずっと私と娘が不都合無く生きていくことが出来るようにと、
見守り続けてくれていたのだと思います。
私や娘の喜びはともに喜び、
悲しみには寄り添ってくれていたのだと、改めて思います。
一緒に過ごせた時間こそ短かったけれど、
その分、親子の絆は誰にも負けないくらい強い主人と私と娘のような気がします。
いつも、私と娘、そしてゆうくんを大きな空の向こうから見守ってくれている主人には、
本当に心から感謝しています。


お陰さまで、今私はとても幸せだと、胸を張って主人に報告することが出来ます。
きっと、主人も一緒に幸せを感じてくれていることでしょう。
今、私にできることは、少しでも長くゆうくんの成長を見守り、
たくさんの思い出を作って主人に報告すること!
そのために、健康に気を付けて日々を大切に過ごしてゆきたいと思います。


甘いもの、特に餡子ものが大好きだった主人のために、今日は最中を仏壇にお供えしました。
もしかしたら、主人はスイーツ男子の走りだったのかも…(笑)
そして、ゆうくんの甘いもの好きは、そんな主人の遺伝子を受け継いだのかも知れませんね。

そういえば…
ゆうくんの、剽軽なところや物真似が得意なところも、主人そっくりです。
悪戯をしたり、何かをやっちまった後の変顔。
パパやママや先生方の物真似も上手です。
主人はとても物真似が上手で、昭和天皇の物真似は、今でも仲間たちの語り草になっています。
ゆうくんの剽軽さに時々、呆れ果てて、
「いったい誰に似たのかしらね?!」
と呟くこともありますが、それは間違いなく主人に似ているのですよね。
テーブルの上に上って、マイクを持つ真似をして、ちょっとコブシの利いた自作の歌を熱唱するところ。
なぜかテレビの歌謡ショーが大好きなところ。
学生時代、納会の時には必ず懐かしのメロディーやアニメのテーマソングを熱唱していた主人の姿と重なります。
姿かたちは、まったく似てはいないけれど、
(ゆうくんの方が遥かに可愛くてカッコいいです…笑)
思えば、色々と主人に似ているゆうくんが、さらに愛おしく感じられます。


今日はあいにく土曜日だったしとても寒かったので、娘とゆうくんは我が家には来ませんでした。
夜、ゆうくんの家から戻って、私ひとり仏壇にお灯明を灯して合掌して過ごしました。
それでも、もともと目の細かった主人が、更に嬉しそうに目を細めている姿が、
何だかすぐそこに見えるような気がしました。

娘と、敢えて主人の思い出話をすることはなかったけれど、
心の中では、一緒にいっぱい主人のことを考え、想っていることは、
黙っていても伝わります。



ルール違反ですが、もう時効なので良いでしょう…。
と言いながら、毎年載せている12年前の娘の日記。


14年前の12月7日の空は、抜けるような青空でした。

その日のことを私はほとんど覚えていません。
6時少し前、突然目が覚めて。

それが父からの合図だったと今も信じています。
「行って来るよ」
という、この世で最後のメッセージ…。


すぐに病院に駆けつけると、泊まっていた母に会いました。
既に父は亡くなっていました。
でも私は解っていました。
だから悲しくなかった。

ちゃんと父は知らせてくれたから。

父は明るい人でした。
誰とでも仲良く出来る人でした。

未だに覚えているのが、看護師さんたちにモテていたこと(笑)
最初に入院していた東海大は、美人の看護師さんたちがたくさんいました。
そんな彼女たちに、とても好かれていました。

確か転院する時に手紙なんかも貰っていたような…


実はそんな父が自慢でした。
父親が女性たちに人気、というのは母としては微妙だったのかな?
でも私は、誰にでも優しくて面白い父が大好きでした。
綺麗な看護師さんたちに囲まれている父を見るのが嬉しかったものです。

反面、私には時々厳しい父でした。
テストの出来が悪くて隠してた私を引っ叩いて、
部屋の隅っこまでぶっ飛んだこともありました。
その時の父の顔、今でもすっごく覚えています。

優しい時の父よりも、そういう時の表情の方が覚えているものですね。

きっと生きていたら、彼氏が欲しいなんて思わなかったかも。
父がいればそれで良かったかも知れない。

考えてみれば、幻影を追いかけているだけなのかも知れませんが…

父に似た人を求めているような気がします。
明るくて、楽しくて、面白くて、誰にでも優しくて。
雑学をよく知っていて、私を笑わせる天才みたいな人。
私を笑顔にさせる魔法、父は誰よりも上手に使えていたんじゃないかな。

そんな人と一緒にいたいな。
きっと空の上で、父が選別してくれてるんじゃないかな(笑)


あの日、病院から雲ひとつない青空を見ていた私は、
「学校に行きたい」と言いました。

それくらい、父が亡くなったことは私の中では自然なことでした。
自然、というと言葉が悪いようですが…
なんというか、自分の中で納得が出来ていたというか。
これから母と二人で生きていかなくてはいけないということが、
私の中で既に決意としてあったような。

父と別れがたい、という感じではなく、
ただいる場所が離れただけ、という感覚だったのかな。
手紙を送ったら返って来るような距離、みたいな。

家に帰って、横たわってる父を見て、悲しかったのは、
冷たかったこと。
寝てるみたいなのに、身体が冷たくて、
それだけが悲しかった。

だから今でも、父が亡くなったような気がしないことがあります。
でも私の日常は母との二人。
幸せだから何も不自由に感じたことはありません。

母は片親だということを気にしていました。
でも私は片親だなんて思ったことはないです。
だって父はそこにいるんだから。

不満があったとすれば、
私のためにお金を貯めて、好きなことが何も出来なくなった母の姿。
社会人になって嬉しかったのは、
「これからは自分のためにお金を使うから!」
と母が言ってくれたこと。

やっと解放出来た。

それが一番嬉しかった。

最近になって、父に語りかけることが増えました。
「どう思う?」って。
正直、答えは分かりません。
でも、そうやって父に話すことで、解決策が見つかる気がするのです。
必ず父が正解に導いてくれる気がするのです。

だから私はとりあえず、自分の思うように生きてみようと思います。
もし間違っていたら、父が方向修正してくれるはず。
父の見えない支えがあるから、自分らしくいることに自信が持てています。

それゆえに、「自分が好き!」と言い切れたりします。

あの日の青空、私は一生忘れません。
毎年12月7日の朝、私は空を見上げます。
決まって8時頃に。
「学校に行きたい」と行った時刻に。

今年は「会社に行ってきます」と父に言いました。
あの日学校には行けなかったけれど、
今私はさらさらと流れる日常の中で、当たり前の一日を送り、
当たり前のように家に帰ります。
14年前には考えられなかった「幸せ」です。

そんな当たり前の「幸せ」をくれた母に、やっぱり感謝。
普段父の話はあまりお互いしないけれど、
きっとお互いに想い合っていることでしょう。

あぁ、母が羨ましいなぁ。
あんな素敵な父に出会えた母は良いなぁ。



娘にそんな風に思ってもらえる主人も私も、本当に幸せ者ですね!
出会ってから45年、結婚して38年、一緒に過ごせなくなって26年間。
いつも、ずっと有難う。
これからも、私や娘一家のこと、見守り続けていて下さいね。
心の中で主人にそう語りかけた2019年、令和最初の12月7日でした。

お寺さんの都合で、27回忌の法要は、一日遅れになってしまいますが、明日、お寺で営ませて頂きます。
たまたま、明日が今年納めのお寺のお参りなので、
たくさんの方にお参りして頂けたら、主人がきっと喜ぶだろうとの、お寺さんのお心遣いです。


今年からは元号が変わり、令和となりました。
主人の知らない時代を生きているのだと思うと、少ししんみりとした気持ちになります。
でも、私は与えられた日々を精一杯、娘とゆうくんと一緒に充実させていきたいと思います。


〈今日のゆうくん〉

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午前中は、ヤマハのおんがくなかよしのレッスンに行って、帰りにお隣のスーパーでガチャポンをして、マックのハッピーセットを食べてお家に帰りました(*^▽^*)
夕方には、おかーたんが来てくれて、一緒にレゴのアドベントカレンダーの7の日のお窓を開けましたよ!
今日は頭にプロペラ付けたおじさんが出て来ました(*´艸`*)
今日はとっても寒いので、お野菜いっぱいの熱々のラーメンを作ってくれましたよ~(^▽^)/
ラーメン、とっても美味しかったので、ボク今日も元気に完食でした( ^)o(^ )
今日は、おとーたんが遠いお空の向こうに単身赴任っていう出張にお出かけしちゃった悲しい日だって、ママが教えてくれました(´・ω・`)
ボクのパパも、今ずっと九州っていうところに出張に行っているんですけど~
おとーたんは、もっともっと遠いところに行ってるので、ボクは会えないんですって(*´Д`)
おとーたんは、ウルトラマンが大好きだったから、ボクの側にいてくれたら、きっといっぱいウルトラマンごっこをして遊んでくれたと思うんです(*'ω'*)
ボク、今日のガチャポンで当たったウルトラマン、おとーたんに見せてあげたかったです(^▽^)/
おかーたん、今日も色々お世話になってありがとうございました!
明日は、おとーたんのためにお寺に一緒にナムナムしに行きますよ~!
ボク、頑張って静かに良い子に過ごそうと思ってるです( `ー´)ノ
明日もまた色々お世話になると思いますが、どうぞ宜しくお願いしますm(_ _"m)



ゆうくん、今日はとっても寒かったけど、元気に過ごせて良かったね。
今日は、ママがおとーたんのお話、たくさん聞かせてくれたのね。
今日は、ゆうくんが生まれるずっとずっと前、まだママが小学生だった時に、おとーたんがお空の向こうの遠いところに単身赴任にお出かけしちゃった日だったの。
本当は、おとーたん、ゆうくんに会っていっぱい一緒に遊びたかったと思うけど、それが叶わなくってとても残念に思っていると思うの。
ゆうくんは、おとーたんには会えないけれど、おとーたんはいつもゆうくんやママやおかーたんのこと、見守ってくれているのよ~。
実は、ゆうくんとおとーたんはとってもよく似ているところがあって、
おかーたんは、ゆうくんのやることを見ていると、
「あぁ、おとーたんもゆうくんくらいの頃、こんなだったんだろうな…」
って、思わず苦笑してしまうことがたくさんあるのよ~!
そして、おかーたんはそんなゆうくんの姿をおとーたんの分まで眺めて幸せを感じているの。
おとーたんがいたから、今ゆうくんがいるのだということ、
ゆうくんが何をしても、おとーたんは必ず見ていることを忘れずに、過ごしてくれたら嬉しいと思っていますよ~!
明日は、ゆうくんもおとーたんのお参り、宜しくお願いしますね。
おかーたんや、ママがちゃんとお参り出来るように、ゆうくんも頑張ってくれたら嬉しいですよ!
明日も良い日でありますように☆彡





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