今日は母の誕生日

今日6月28日は、亡き母の誕生日。
昭和7年生まれの母でしたから、元気だったら今年は87歳のお誕生日を迎えていたことになります。
87歳と言えば、今のご時世にはまだまだ元気で過ごしている方がたくさんいらっしゃいます。
むしろ、やっと平均寿命の年齢に達したと言っても良いのかも知れません。
10年前、77歳で亡くなった母。
早いもので、あれからもう10年の年月が過ぎたのですね。

77歳というのは、まだまだ早すぎましたね。
やりたいことも行きたいところもたくさんあったことでしょう。
何よりも、どんなにか曾孫のゆうくんに逢いたかったことでしょう。


母の名は「百合子さん」!
小学校から短大まで通った学校も「ユリ」に縁のあるところ。
母は「ユリ」の花が大好きでした。


存命中、母のお誕生日には、元気だった時にも病気になってからも、いつも「ユリ」の花をプレゼントしていました。
特に、入院中は「ユリ」の香りが元気をくれると喜んで、蕾がひとつ、またひとつと開くのを楽しみにしていたことを今でも思い出します。
母の闘病中から、私は母の誕生日が近くなるこの季節には、何処かに「ユリ」の花が咲いていないかと探して歩くようになりました。
病床の母に、見せてあげたくて撮った「ユリ」の花の写真。
10年経った今でも、やはり「ユリ」の花を見つけると、ついついシャッターを切っています。


今年は、色々あって今までのようにたくさんの「ユリ」の花を眺めることが出来ませんでしたが、
それでも、「ユリ」の写真を撮ることは忘れていません。

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色々な色の「ユリ」の花があるけれど、
母が一番好きだったのは、真っ白な「テッポウユリ」の花でした。
その品のある気高さに、母を重ねて思い出しています。

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香り高い「カサブランカ」を初めとする色とりどりの「ユリ」の花。
母も一緒に眺めて喜んでくれていたでしょうか。


毎日、ゆうくんのお迎えで歩く、通称”花園”でも、
「ユリ」の花を見つけました。

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この「ユリ」の花をゆうくんと一緒に眺めながら、おーばーちゃんのお話してあげたかったけれど、
ゆうくんはいつもお友だちと一緒に駆け抜けていってしまいます(笑)


母が元気な時には、なかなかできなかった親孝行。
でも、いつも私や娘が心の中で母のことを思い出してあげることが、
今出来る親孝行なのだと、自分に言い聞かせています。

そして、たった一人の孫である娘が可愛くて仕方がなかった”ババ馬鹿”の母のことですから、
その自慢の孫が産んだゆうくんに、さぞ逢いたかったことでしょう。
いや、きっと時々逢いに来ているかも知れません。
なかなか言うことを聞かず、ヤンチャ盛りのゆうくんですが、
少しずつ成長を重ねていってくれれば、母も安心してくれますね。
心身ともに健やかで穏やかで優しい男の子に育っていってくれることが、
これからの最高の親孝行になることでしょう。
そのためにも、私も精一杯”おかーたん”を頑張らなくてはと気持ちを引き締めています。


30年余り、鎌倉の市立の小学校で教鞭をとっていた母は、
定年後は、ペン習字や書道や学習支援の教室を自宅で開いたり、
押し絵・水墨画・スケッチなど様々な趣味を活かして、
地域のたくさんの子どもたちやお友だちと交流していました。
そんな母が遺した1枚の色鉛筆画。

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今年も取り出して、懐かしい母の文字や絵を見ていたら、
何だかちょっとウルウルしてしまいました。


今年も仏壇に母の大好きだった「ユリ」の花を飾って、
娘とゆうくんと一緒に手を合わせている姿を、母も見ていてくれますね。



※大変申し訳ありませんが、
〈今日のゆうくん〉は諸事情により、今日はお休みさせて頂きます(__)
後日、編集して可愛いゆうくんをUPさせて頂きますので、お楽しみして下されば嬉しいです。





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